やどりぎ整骨院
院長:千田 紘史
・国家資格保有(柔道整復師)
・都内整骨院にて7年勤務
・大学で講演活動
・治療家向けセミナー講師を務める
出身地
岩手県
好きな食べ物
カレー
休日の過ごし方
キックボクシング、井の頭公園にてキックボクシング指導、友人と食事
これまで14年間で4万件以上の臨床施術を経験。
卓越した原因究明力、確かな治療技術、誰よりも患者に寄り添うコミュニケーションで腰痛で悩む方に絶大な支持を受け続けている。
治療家して現場にたちながら、治療家に向けたセミナーを行い、また依頼を受け大学でも講演をおこなう痛み治療のプロフェッショナル。
治療家を目指したきっかけから現在に至るまで
剣道に明け暮れた学生時代、腰を痛め思うようにできず苦しむ
私は高校の時、剣道部に所属し北国の寒さに負けないように日々練習をしていました。
才能があるわけではない私は人一倍練習しなければ追いつけず、そのためケガや痛みを多く抱えていました。
そんなある日、練習中に腰に激痛がはしりそのまま病院に担ぎこまれ検査の結果、ヘルニアからくる腰痛と診断されました。
それからは部活に参加できず病院に通う毎日。
病院では電気をあて牽引をして終了、ただそれをだけを繰り返していました。
痛みは全く良くならず部活のみんなはどんどん上達していき、私は取り残されてしまいとても焦りました。リハビリを半年も続けていても一向に良くなることはなく、部活をやめる判断をしました。小さいころより続けていた剣道をこんなことでやめなければならない悔しさでいっぱいだったことを今でも覚えています。
当時はまだ自分身体を知り、適切なケアを行えばケガや痛みを予防できることを知りませんでした。
また、知識がないため効果のない治療を続けるしかなく結果、大好きだった剣道をやめなければなりませんでした。
「家族・友人が自分と同じ苦しみを味わってほしくない」人生の一大決心
学生時代におったケガがもとになり、私は慢性的な痛みを抱えるようになりついには首が右後ろに一切回せなくなるという状況になりました。
すぐ整形外科に駆け込みレントゲン検査、結果は頸椎からくる痛みと診断されました。医師から「首の骨のこの部分が少しとがっているでしょ?これが痛みの原因だよ」といわれましたが、その時の私はこんな小さなでっぱりがこんな激痛をだすのか?と説明を聞きながら思っていました。
診断の後、医師からは痛み止めと電気治療と牽引をするように言われました。そうです、高校時代に痛めた腰とまったく対処が変わっていないのです。
私はそのリハビリを疑いながら、なおしっかり通院しました。なにしろ私は専門の勉強をし、難関な国家資格を取得した医師のいうことは間違いないとまだどこかで信じていたからです。
しかし結果、私の首は治ることなく首が回らないままになってしまいます。そのことを医師に言うと「あとは手術しかないねー」と無責任にいわれてしましました。
では、いままでやっていたリハビリは何だったのか?治るためにやっていたのではないか?医師は本当に自分の症状に向き合ってくれているのか?そんな思いにかられました。
当然、病院が悪いという事ではありません。整形外科はレントゲンやMRIなど高度な画像診断を行うことができ、骨折やそのほか重篤な症状たとえば骨肉腫など手術をともなうような状態をいち早く診断して治療してくれます。
しかし、腰痛、膝の痛み、四十肩など命にかかわらない症状に至ってその受診する人の多さゆえに一人ひとりに時間がかけられないのが現状です。
私の家族や友人周囲に話を聞くと、私と同じような経験をして今現在痛みで悩んでいることがとても多いことに気が付かされました。
その時私は初めて「この自分の痛みを解明して治すことができれば、同じように痛みで苦しんでいる人を救えるのではないか」考え、治療家としての道を歩むことを決意したのです。
治療業界の現在に違和感
昼間は仕事、夜間に専門学校に3年間通い必死に勉強をして国家資格を得ることできました。
これで「自分、ひいては痛みで苦しんでいる人を助けることができる」と意気揚々と考えていましたが、それは大きな間違いでした。
私は資格を取った後、保険診療を行う整骨院や整形外科などで勤めました。
保険が使えるため、患者が会計時に支払うのは数百円のみ。保険が使えるのは、交通事故やケガによって「負傷」したとされるため。
しかし、多くの整骨院がそうであったように、私の勤めていた整骨院も、慢性的な腰痛や肩こりなどにも無理やり保険を適用させていました。
そのため、毎日多くのお年寄り患者が、その整骨院に通うことを日課にしていました。診療時間前から扉の外で列ができ、開けたと同時に待合室がいっぱいになる。のんびりと会話しながら順番を待つ。そんな光景が日常でした。
私は、慢性的な腰痛に保険を適用させることに少しずつ「やっぱりおかしいのではないか」という思いが芽生えてきました。
保険とは本来、使われるべき場面がある。
そして慢性的な腰痛を改善させることは、そこには含まれないはずだ。
医療費削減だなどと考えたわけではなく、私がどうしても気になったのは、治療の原点である「患者の体をより良い状態にすること」が、保険適用のままだと叶えられないのではないかという点でした。
保険適用だとどうしても、本当に必要な治療ができなことが出てくる。また雇われの身であることもあって、決まった施術しか提供できない。
「この患者さんの、ここまで治してあげたい」と思っても、保険が邪魔をし、またその整骨院の方針が邪魔をし、それがどうにももどかしかった。
そんな忸怩たる思いを抱えながら日々勉強と研鑽を積み重ねるため、いくつかの接骨院や整形外科にお世話になっていたあるとき、ついに運命の出会いを果たしました。
その整骨院は保険診療もおこなっていましたが、希望する患者さんには自由診療で根本治療を受けることが可能な、治療方針に賛同できる治療院に転職しました。
転職先の方針は以前の職場とは大きく異なり、実際に働いてみると想像以上に得るものの多い現場でした。
そして何より、自身の身体で根本治療の効果を実感しました。
私の首は数年前に痛めてより、右に振り向くことが困難になっていました。
自分で治療を行い、徐々に回復はしていましたがそれでも、自転車に乗っているときに体ごと振り向かなければならないくらいでした。
研修中に実際に筋肉のバランスを整える施術を受けたところ、その場でかなり首が回るようになったのです。何年も変化がなかったものがです。
私はその結果に驚き、今までの技術と知識を再度学び直し、この施術を自分のものしてさらに効果がでる技術に昇華させていきました。
保険適用の治療がメインであることには変わりないが、患者も治療家も以前とは違う。対処療法ではなく根本的に体を改善させる治療を行うことで、痛みを再発させない根本治療を目指す。
この接骨院で7年間勤め、多くのことを学びました。
自らの治療方針を見つめ直し、修正することもできた。
何より、「健康に関する正しい知識を提供して、意識と身体を変えてあげることができた」と実感することができたことが大きかったです。
ただずっと心の中にあったことは、やはり雇われの身として自分が思うようにアドバイスをすることはできない、という点でした。
もっとしっかり話を聞きたい。
今以上のケアをしたい。
そう思っても、どうしても限界がある。
そんな思いが自分のなかで日に日に大きくなることを感じた私は独立を決意しました。
8年間に及ぶ実務経験と、今でも毎日学び研鑽した知識と技術。そして今までかかわってきた人たちの温かい思い。
それらが私の背中を押してくれました。
患者さんち素晴らしい信頼関係を築き、みんなを健康で笑顔にすることができるようにという思いから、この世田谷千歳烏山でやどりぎ整骨院を開院しました。
私の思いを聞いてください。
あなたにその痛みを我慢してほしくありません。
「この痛みさえなければ好きなことがもっとできるんだけどね」という言葉に何もできず、「大丈夫、できるようになりますよ」と言ってマッサージしかできなかった情けない昔の自分がいます。
好きなこともできなくなり、身体がどんどん動かなくなって、このまま動けなくなるのではないかと不安になっている…
当時は「何もできずに申し訳ない」という思いをした悔しい時期もあります。
そんな思いから誰よりも知識と技術を勉強し実践することで、痛みの根本原因と取り除く独自の施術法を確立することができました。
その結果、東京世田谷にて痛みで苦しんでいるたくさんの方が口コミで私を頼っていただけるようになりました。
ただ、いまだ腰痛により歩けない、朝が怖いという苦痛で病院や整骨院に通っているのにもかかわらずまったく解消しない方がたくさんいるのが現状です。
「もうこの痛みは治らない」
そう考え、あきらめている方がいれば、まずお話だけでもいいので私のところへ来てください。
私は誰よりもあなたに向き合うことができます。なぜなら私自身も同じように痛みに苦しみ、そのつらい思いを経験したことがあるからです。
私はその場しのぎの行為を一切行いません。
もしあなたが「絶対に良くなりたい、でもずっと治らなかったどうしよう」と不安な気持ちでいるのなら……
わたしがその気持ちを受け止め、あなたと一緒に納得のいく治療を行います。